リサーチ不足による記事の罪

ある雑誌の、対談形式のインタビュー記事を読む機会があった。

そこには、偶然にも私の知っている温泉旅館の破たん・廃業についてのものだった。

そこまでに至る経緯はある程度、間違っていなかったと思うが、根本的な事実、背景は、まったく違うものと私は感じた。

報道された情報と、関係者(?)からの一部情報だけで、論じていたからだ。

 

雑誌編集も、ニュース・報道を作る現場も、結果的には、“人”の視点、裁量によるもので作られていく。

だからこそ、あらゆる角度から、様々な視点からの取材、リサーチの必要性が出てくる。

 

また、SNS全盛の時代、動画や画像が溢れている時代だからこそ、一部分を“切り取り”することで、メディアは別な意味、違った印象を視聴者に与える事ができる。

だから、ある意味恐ろしい。

 

今のアメリカの大統領は、一部の既存大手メディアと対立している。

理由は、メディアを通しての報道が、自分の考えている事と一致しないからに他ならない。

だから、ツイッターなどダイレクトな自分発信をしているのだろう。

 

しかし、結果的には、事実がどうであろうと、受け手である側の人たちがどう思うかの話。

そこを考えないと、大きな計算間違いを起こす。

 

自分も、取材活動を生業のひとつにしている身。

改めて、あらゆる方面からのリサーチを心がけ、“事実に近い”記事を書いていこうと思う。

ウラを見せる戦略

最近、旅館・ホテルのホームページ(HP)を色々と見ると、数年前を比べたらホントに(ごく一部を除いて)洗練されているなあと感じる。

写真もきれいだし、デザイン、レイアウトも考えられているのが増えてきた。

それも、ウチの会社のような、専門の会社にHP制作を委託しているから。

 

でも、きれいばっかりだと、ホントの姿が見えないというか、素顔を判別できない厚化粧の女性(すいません)に似たり。

世は、共感を求めるSNS全盛の時代。

絵はきれいじゃなくても、ちょっとした裏側を見せるのもいいかもしれない。

 

例えば、源泉100%かけ流しの宿の場合。

温泉はすべて、人間にとって適温で湧出するものではないという、当たり前の情報を伝える。

適温にするには、気温を考えながら、湯舟に注ぐ源泉の湯量を調整している湯守の姿を動画で公開するのはどうだろう。

循環ろ過式のコンピュータ管理で湯温調節している宿とは違うという差別化をアピールできる。

 

食材にこだわっている宿の場合。

仕入れ先や、提携している生産農家さんとのインタビュー記事を載せるとか。

これだけ苦労して、手間暇かけて作っている食材を使っているというアピールができる。

 

現代はネットの普及により、情報過多とも言われているが、内情は薄っぺらな情報ばかり。

きちんと現地に足を運んで取材しているものなど、本当に少ない。

裏付けのない情報を記事にして、まとめサイトを運営する会社が告発された報道は皆さんご覧になっただろう。

 

ドキュメンタリー番組の如く、提供側の人間味あふれる姿や、取り組み方を一部見せる事は、消費者に共感を呼ぶ。

いくら施設が充実していても、運営している人間が手を抜いていれば、それは先が知れている。

 

“共感”が人を呼ぶ。

それは、昔も今も変わらない。