リサーチ不足による記事の罪

ある雑誌の、対談形式のインタビュー記事を読む機会があった。

そこには、偶然にも私の知っている温泉旅館の破たん・廃業についてのものだった。

そこまでに至る経緯はある程度、間違っていなかったと思うが、根本的な事実、背景は、まったく違うものと私は感じた。

報道された情報と、関係者(?)からの一部情報だけで、論じていたからだ。

 

雑誌編集も、ニュース・報道を作る現場も、結果的には、“人”の視点、裁量によるもので作られていく。

だからこそ、あらゆる角度から、様々な視点からの取材、リサーチの必要性が出てくる。

 

また、SNS全盛の時代、動画や画像が溢れている時代だからこそ、一部分を“切り取り”することで、メディアは別な意味、違った印象を視聴者に与える事ができる。

だから、ある意味恐ろしい。

 

今のアメリカの大統領は、一部の既存大手メディアと対立している。

理由は、メディアを通しての報道が、自分の考えている事と一致しないからに他ならない。

だから、ツイッターなどダイレクトな自分発信をしているのだろう。

 

しかし、結果的には、事実がどうであろうと、受け手である側の人たちがどう思うかの話。

そこを考えないと、大きな計算間違いを起こす。

 

自分も、取材活動を生業のひとつにしている身。

改めて、あらゆる方面からのリサーチを心がけ、“事実に近い”記事を書いていこうと思う。

温泉旅館とインバウンドの相性

2017年も、観光業界のインバウンド景気は好調の様子。

喜ばしい限りだが、東京、京都など人気エリアは、相変わらずの宿泊施設不足で、法的、周辺環境などの問題を抱えながらも、民泊業界も活況を呈している。

そんな中、私が、その宿泊施設のエース格に挙げたいのが、いわゆる「温泉旅館」。

「温泉」(泉源)は、そのほとんどが地方都市、または人口が密集していないエリアに存在する場合が多い。

インバウンドが、定番の人気観光地から、地方に目を向けようとしている段階に来ている事を考えれば、その“地方”に存在する温泉旅館は、まさに切り札的存在に思える。

温泉旅館は、古くからのニッポンの文化、風習、食、そして日本人が愛してやまない温泉を一度に体感できるからだ。

しかし、否定的な意見を持つ方もいるようだ。

温泉旅館は、湯治宿はともかく、長期滞在ではなく、1泊2食スタイルが基本となっていること。

ホテルと違い、夕食は基本ひとつのコースとなっており、しかも時間もある程度決まっている。

せっかく日本に来たのだから、時間を許す限り、周辺を歩き回りたい旅行客にとっては、夕食時間が決まっているのは、堅苦しく思う部分もあるという。

連泊するのが当たり前と思っている客は、なおさらだ。

食材は変わっても、食事のスタイルは変わらない。

ホテルのように、その日の気分でレストランを選べない。

特に、小さなお子さん連れのファミリー客にとっては、つらいところだ。

このような状況を敏感に察している旅館経営者は、「泊食分離」を実践している。

山奥の一軒宿などは別だが、温泉地を形成しているエリアの中で、夕食は宿の近くのお店を紹介するスタイル。

夕食の時間を遅くしたい場合は、居酒屋という選択肢もある。

そのような情報を、自社Webで案内するところが徐々に増えている。

そうする事により、連泊を促すこともできよう。

これは日本人にも有効なような気もする。

地方ならではの珍しい美味しいものを見つける事は、旅行のひとつの醍醐味であるからだ。