メンテナンスの大切さ

いま、この文章を書いているのは、暦でいう大みそかにあたる。

そう、一年の最後を締めくくる日である。

思えば、今年も一年中、移動ばかりの日々であった。

クルマに、PCはもちろん仕事道具の他に、一眼レフから、ドローンまで、様々な撮影機材を満載にして、移動した。

北海道や九州には、フェリーを利用した。

機材の事を考えると、飛行機という選択肢はない。

 

毎日が、こうも忙しいと、改めて振り返り、熟考を重ねる時間がない時もある。

しかし、どんなに忙しくても、大みそかはみんなにやってくる。

そう、1年を振り返る時を与えてくれるのだ。

 

私は仕事柄、宿泊施設をクライアントとして持っているから、あの宿には、こんな事を提案してみれば、面白い結果が期待できる・・・この宿には、こんな事を仕掛ければ、集客力がいっそう増すだろう・・・とか、時間と余裕があれば、いくらでもアイディアが湧いてくる。

これも、1年という節目があればこそ。

 

思えば、プロのスポーツ選手も、シーズンオフがあって、本番のシーズンがある。

シーズンオフがあればこそ、カラダやココロのメンテナンスを施すことができるのである。

その時間がなければ、思い通りの成績など望む事はできない。

いかにシーズンオフを過ごせるかによって、成績が決まってくるといっても過言ではない。

 

それだけ、振り返る時間、休みという時間は大事ということ。

休む時間は、一度立ち止まる間を作って、冷静に周りを見渡し、自己の様々なメンテナンスを施す時間でもある。

そういえば、我が移動のための愛車のひとつが、のべ走行距離で23万キロを超えた。

この休みの時間を使って、オーバーホールをしようと思っている。

1年間ありがとうございました・・・と感謝の気持ちをこめて。

リサーチ不足による記事の罪

ある雑誌の、対談形式のインタビュー記事を読む機会があった。

そこには、偶然にも私の知っている温泉旅館の破たん・廃業についてのものだった。

そこまでに至る経緯はある程度、間違っていなかったと思うが、根本的な事実、背景は、まったく違うものと私は感じた。

報道された情報と、関係者(?)からの一部情報だけで、論じていたからだ。

 

雑誌編集も、ニュース・報道を作る現場も、結果的には、“人”の視点、裁量によるもので作られていく。

だからこそ、あらゆる角度から、様々な視点からの取材、リサーチの必要性が出てくる。

 

また、SNS全盛の時代、動画や画像が溢れている時代だからこそ、一部分を“切り取り”することで、メディアは別な意味、違った印象を視聴者に与える事ができる。

だから、ある意味恐ろしい。

 

今のアメリカの大統領は、一部の既存大手メディアと対立している。

理由は、メディアを通しての報道が、自分の考えている事と一致しないからに他ならない。

だから、ツイッターなどダイレクトな自分発信をしているのだろう。

 

しかし、結果的には、事実がどうであろうと、受け手である側の人たちがどう思うかの話。

そこを考えないと、大きな計算間違いを起こす。

 

自分も、取材活動を生業のひとつにしている身。

改めて、あらゆる方面からのリサーチを心がけ、“事実に近い”記事を書いていこうと思う。

一生懸命と裏の顔

私は、何事もひたむきで、努力を惜しまない人が好きだ。

向上心というか、いつでも、精進を心掛けている人を尊敬する。

実際、そのような人と会うと、お話ししていても心地いいし、自分も浄化されていくというか、爽やかな気分になれる。

 

温泉宿も同じ。

色々細かい点を見れば、修正すべきところも見つかるかもしれないが、それ以上に一生懸命さが伝わる宿は、宿泊客にとって何事にも代えがたいありがたさを感じることができる。

愚直なまでに、こだわりを持ち、見せかけだけのアピールをしない、その潔さは、感動すら覚える。

 

しかし、残念ながら、そんな宿ばかりではない。

お客様のクチコミも評判がいいし、施設も、お客目線で使い勝手がいいように工夫されている。

でも、一般の人が気付かない裏の顔を持つ宿もある。

 

一番多いのが、いわゆる温泉偽装。

これは、古くからある温泉地によくある話。

源泉かけ流しと謳っていながら、実際は源泉量が少なく、循環を行っているところ。

 

そして、いわゆる業者いじめをする宿の経営者。

何かと、ミスや細かい点を見つけては、法外な値引きを迫ったり、取引停止を匂わしたり。

私の知っているフリーランスのWebデザイナーは、そんな宿にいつも翻弄されて、私に相談してきたことがあった。

聞けば、取引先の相手は誰でも知っている有名な温泉宿でクチコミもいい。

しかし、裏では、血も涙もない取引を迫ることがあるという。

そんな宿とは、付き合わなければいいじゃない?・・・と一般の人は思うだろうが、個人で、フリーで生業を営んでいるクリエイターにとっては、それは収入減を意味する。

営業力がない人にとっては死活問題なのだ。

 

私は、幸運にもあまりそういう宿とは、お付き合いは少なかったが、長く業界にいると、たまに裏の顔を持つ宿というか経営者に会うことがある。

しかし、私は、自分の性格上(笑)、決して屈しない。

「この業界で食えないようにしてやる」「いろんな宿に言いふらしてやる」などと、直接的な表現はしないにしろ、そのような事を匂わせる場合がある。

 

そのような宿の経営者は、フリーランスのカメラマンが撮った画像を無断使用したりする。

詐欺行為や著作権法違反などを平気で行う。

さらには、契約したホームページ制作費などの大幅値引きや、支払い遅延をしたりする。

業者が、自分に刃向かわないと、高をくくっているからである。

 

今はSNSの時代。世間に訴えればいい。

そして、法律違反を行っている宿は、怖がらずに告発すべきである。

様々なリスクを負って、貴重な時間と労力をかけて、そしてお金をかけて作ったものは、契約通りのお金をいただくべきなのだ。

クリエイティビティを理解しない宿とは、おさらばすればいい。

 

ひと昔前の話。

志しのある宿は、画家、小説家、書家、陶芸家などの若手のクリエイターに仕事を与え、育ててきた歴史がある。

それが今はデジタルの時代になり、業界も変わったが、そんな現代のクリエイターを大事に育てようとの風潮が少ないのが気になるところ。

私は、クリエイター側の人間だが、微力ながら、有能なクリエイターをサポートし、より健全な業界になるように、努力していこうと思っている。

そう、一生懸命に。