「地産地消」の危機

ここ最近、私は3・11の「東日本大震災」以降、温泉宿に関する“常識”はことごとく変わったと宿泊施設の経営者に話している。
前回のブログでも語ったように、いま旅行人口が約3割減ったと考えている。
そのことを前提として集客計画を考えないと、宿経営者は、ただ宣伝費を無駄にするだけなのだ。

今回は温泉宿の「食」について話させてもらう。
あのミシュランガイドでも、東京の飲食店が世界一の三ツ星獲得数になるなど、いまや世界的にも認められている日本の食文化。
それは、四方に海に囲まれ恵まれた漁場を有し、保水機能を持つとされる山岳地帯を国土の70%を占め、それによって世界有数の農作に適した土壌を持つ事などから、最上級の料理素材を生み出す環境がある事が裏づけとなっている。

日本全国の点在する温泉地。
そこで営業している温泉宿も、もちろん料理は重要なアイテムだ。
その料理のテーマとして「地産地消」を掲げる宿は多い。
意味は、地域でとれる農作物や水産物を地元で消費することだが、旅をする人たちにとって地方の食文化に触れるというのは、旅そのものの楽しさのひとつである事から、いわば宿泊施設側でも、便利な言葉として採用されたようでもある。

しかし、これも3・11以降、“常識”ではなくなったようだ。
最近、特に東日本の宿では、予約の際、料理の素材の産地を問い合わせる客が増えてきたという。
公式HPに「地産地消」をテーマにしていない宿は特にその傾向が強いようだ。
人によっては、独自の情報網やインターネットを使って、各野菜の放射能濃度を調査する場合もあり、それで得た情報や知識によって、予約した宿泊施設へ質問する人が急増しているのだ。

先日、箱根の某高級旅館の取材をした際、宿からこんな話を聞いた。
予約した客から、魚の仕入れから野菜の産地まで明確に情報を要求してきたという。
また、魚に関しては福島からの海流の関係で、茨城や千葉は論外で、箱根の宿がよく仕入れをする小田原港もやめて、できれば伊豆半島の付け根の西にあたる沼津港からにしてくれなど、詳細にリクエストもしてきたという。
野菜に関しても、東北・関東エリアからではなく、西日本で仕入れるようにとも言ってきたとの事。
ちなみにこういったお客は、小さなお子さんがいる場合が多い。
将来を心配する親心も分からないわけでもない。
しかし、ここまで神経質になるまで追い詰められている人が多いという事は、宿泊施設側は認識すべきだろう。

私は東北、特に福島県の宿に、3・11以来、料理の素材に関してよく質問された。
このまま、地元のものを使ってもお客はついてきてくれかという問題だ。
その答えは、「安全性がある程度確保できれば支持してくれる客はいるだろうが、それは全員ではなく、約7割だろう。」
これは冒頭に書いた旅行人口が3割減ったという事とリンクしている。

ここで重要なのは“情報公開”。
地元の素材を使う事を継続するのか、
安全性が確保された地元の素材を一部使うが、場合によっては他地方のものも取り入れるか、
完全に“地産地消”をやめ、“安全性重視”で国内から素材を仕入れるか
・・・など、明確にHPで告知することも重要だろう。

NHKの情報番組で、小さなお子さんを持つ主婦が、野菜の宅配サービスを利用して、産地にこだわって注文している映像が流れていた。
その主婦は「東北、特に福島の農家には心苦しいけど、子供の将来に危険要素を増やすことだけは避けたい。」と語っていた。
そしてこうも語っていた。
「農協などが野菜ごとに検査しているのは分かるが、それは毎回ではなく、ものよっては3月末から検査していない場合もある。もし検査して安全だと言われても、それは検査した野菜サンプルそのものであって、各野菜ひとつひとつがすべて検査されているわけではないから信用できない。」
ここまでくると、私は何も言えない。
人それぞれに感覚や考え方があるし、仕方がないことだと思う。

しかし、多くの農家が多品種少量生産を行っている環境では、放射能濃度を測る検査費用も相当な負担になる。
といっても、前述したように“情報公開”しなければ本当にお客の気持ちをつかめないのも確かなのだ。

宿関係者は、半ばあきらめ口調でこう言う。
「分かる人だけ来てくれればいい。」
・・・でも、それでは経営が成り立たなくなる宿が増えていく可能性がある。

だからこそ、原発事故の影響を受けるエリアで宿を営む関係者に言いたいのは、やはり“情報公開”しか道はないということ。
その“情報公開”とは、自分の宿はこういう方針で料理を出していますという確固たるポリシーを、客側に提示する事。
地元の素材にこだわるのであれば、野菜であれば露地ものではなく、ハウスものを使っているとか、安全面を裏付けできる情報が欲しい。
それによって、客としては明確に予約するかしないか決められるわけだ。

現在の日本政府のような、ブレる体制では誰もついてこない。
はっきりと方針を打ち出すことによって初めて予約したい宿リストにあげてもらえると思っていい。

地方に多い温泉旅館は、地方の基幹産業でもある。
これがあるから、農家や漁業関係者の生活が成り立ち、業者の仕事も発生する。
そして何よりも、社会生活に不可欠な雇用を生み、地方の過疎化を防ぐことができる。
だからこそ、私は温泉宿を守りたいし、たくさんのお客さんに足を運んで欲しい。

日本食をユネスコの「世界無形遺産」に登録しようとする動きがある。
原発事故以来、世界的にも信頼が揺らぐ日本の食文化に再び脚光を浴びせ、観光振興にも繋げたい意図が見える。
これも集客対策に役立つなら大いに歓迎だ。
一刻も早く原発事故が収束し、3・11以前の日本に戻る事を願うばかりである。