常宿を持つということ

皆さんは、行きつけの店はお持ちだろうか?
会社の帰りに馴染みの居酒屋や小料理屋で、一杯という人も多いかもしれない。
床屋や美容室など毎回同じお店というのも、行きつけのひとつだろうけど。
しかし、温泉宿の行きつけ、つまり常宿を持っているかとなると、だいぶ少数になってしまうような気がする。

それは、いわば当たり前かもしれない。
近隣のエリアならともかく、広範囲にある温泉旅館は、選ぶのも大変だし、仕事の関係で日々忙しく、それほど旅行に行く機会のない人にとっては、毎回違う温泉宿に行きたいのも人情である。

最近、20代はじめ若年層が旅行に行かなくなったとよく聞く。
携帯電話など、10年前まで無かった出費が出てきたからなどと言う人もいる。
インターネットの普及と同時に、バーチャルで情報がカンタンに取得できるようになり、リアルな旅行に行かなくなったと言う人もいる。
理由はいろいろあるだろうが、「旅」そのものに魅力を感じなくなってしまったのかもしれない。

いずれにしても、平日の温泉宿は、会社を定年になった年配の方や、主婦などの女性グループばかりになった。
若い人が目に付くとすれば、日帰り客の中だろうか。
やはり金銭的な理由もあるのだろう。

私は20代前半の頃から(現在48歳)、全国の温泉宿を旅するようになった。
温泉そのものにも、もちろん興味があったが、それよりも宿、そしてその宿を切り盛りしている人たちに魅せられていった。

その中には、若い人たちもたくさんいる。
温泉宿はたいがい山の中や、鄙びた田舎にあるのが通例。
遊ぶところもなく、周辺は自然だらけ。
そんな中で、宿で働く人たちに興味を持ってしまったのだ。

彼らの精神的な「栄養源」は、やはりお客からもらう感謝の言葉。
人は、人に感謝されると、自分の存在意義を改めて認識してしまう。
そして、お客が感動すれば、シンクロして、スタッフも感動のおすそ分けをもらう事になる。
「お金をいただき、さらに感謝されるのだから、こんないい仕事はない」
彼らは、このような事をよく私に話してくれた。

そういった、お客と宿のスタッフが、ある種のつながった関係になると、お互い惹かれあい、お客は再び宿に訪れるようになる。
数万軒ある温泉宿の中で、再び同じ宿に行くということは、温泉がいい、食事がいい、客室がいい・・・だけではないということなのだ。
やはり、そこに人と人のつながりがあるということ。

都会人は、隣り近所がどんな人が住んでいるか知らない場合が多い。
人間同士のふれあいが希薄になっている中、地方の温泉宿で人と触れ合うことで、自分の故郷に帰ってきたような印象を持つ場合もあるはずだ。

そういえば、ある温泉宿で会った60歳前後の男性が話してくれた。
「私の出身は東京の下町。本当の田舎の故郷がない。だからここには年に1~2回は里帰りのつもりで利用させてもらっている。」・・・と。

理由はなんでもいい。
都会で何かあった時、精神的にリセットしたい時、仕事とは関係の無い人たちと触れ合いたい時・・・そんな時に、常宿を持っている人は幸せだ。
気兼ねなく、普段着感覚で宿に訪れることができる。
普通のお客なら「いらっしゃいませ~」で出迎えてくれるところだが、常連になると「お待ちしておりました~」とか「お帰りなさい~」とか挨拶も違ってくる。

常宿をもつこと。
それは、少なくとも私にとっては、人生を豊かにしてくれるものと感じている。